いお日記

旅の記録を Twitter@107_2424

雄信内

ここはゴーストタウンとして有名な宗谷本線雄信内駅。貨車駅舎の多い宗谷本線の中では立派な駅舎をしており、電車を降りた時点でここがゴーストタウンだという空気は感じられなかった。しかし、駅舎を出た瞬間現実を突きつけられることとなる。

 

駅からは1本の道路が伸びているのだがそこに何かあるという訳ではなく左右には成人男性の身長をゆうに超える草がこれでもかと生い茂っている。草の中を通り突き当たりを曲がると崩れかかった木製の家屋と不気味なコンクリートの大きな建物が見える。丁度道路工事をしていた人に尋ねると、どうやらここは心霊スポットであるということらしく人は滅多に来ないらしい。幽霊が出なくともこんな所に来る人はいないだろうとは思いつつ辺りを見るとゴミの集積所がありちゃんと新しい缶が捨てられていた。少し奥には農家の方が住んでいるようである。

 

反対側に向かうと広場のような場所に出た。小さな建物もあるその場所は雄信内小学校。もちろん廃校である。避難場所に指定されているらしいが果たして何人の人間がここまで避難してくるというのか。

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実はここ雄信内駅から少し離れた場所には集落があり言い方はおかしいがちゃんと人が住んでいるのである。大きな建物や小学校があることからもかつては雄信内駅が街の中心であったことが伺える。大量輸送の必要もなく道路の空いている北海道地方部では鉄道よりも車の方が便利で道路が整備されるにつれ街の中心が移動していったのではなかろうか。

 

よく人口の少ない地方部は鉄道に見放されると言われるが見放しているのは住民の方なのかもしれない。そんなことを考えながら1日たった3往復の普通列車に乗り込み駅を後にした。

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塔ノ沢

箱根登山鉄道 塔ノ沢駅

ホームの両端をトンネルに挟まれているその姿は小幌駅を彷彿とさせる関東屈指の秘境駅である。

駅から人里へと通じる道は森の中を通じる細く長い階段のみでホーム上からは山中へ通じる道が伸びているが決して足元が整備されているとは言い難い状況である。

 

そんな沢のほとりの小さな駅の片隅に提灯を提げた木製の入口がある。

深沢銭洗弁財天と呼ばれるその社寺はパワースポットとしても有名で硬貨を洗うためのザルや奥には洞窟があり白蛇が祀られていたりととても駅とは思えない空間で神を祀る山であることを改めて実感させられる。そこは駅から徒歩0分の異世界と呼ぶに相応しい場所であった。

 

今日も小さな列車は箱根の神に見守られ山を登っていく。

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君ヶ浜

銚子駅から外川駅を結ぶ銚子電鉄

日本一有名な赤字私鉄と言っても過言ではないだろう。いや、ぬれ煎餅での利益が鉄道での利益を上回るこの会社はむしろ食品会社と言った方が正しいのかもしれない。

 

外川駅から徒歩で数分の廃ホテルを眺めた後、ゴトゴトとキャベツ畑の中を走る丸みを帯びた列車を追って細い道を進むと4本の柱が見えてきた。

 

君ヶ浜駅ロズウェルという愛称が付いているらしい。

 

かつて銚子電鉄にはヨーロッパ風の駅が並び、ここ君ヶ浜駅もスペイン風の駅舎が建っていたそうだ。駅舎(?)に近づくとなるほど確かに、細かい装飾の跡が窺える。しかし今では賑わいを見せる時期は初日の出くらいのものであとは閑散とした遺構が出迎えるのみになってしまった。

 

そんな廃墟と見間違えるような駅に近づくと1匹の老猫が出迎えに来た。いや、正確にはこの老猫の散歩コースに私がお邪魔したという形になるのだろう。

長年ここに住みこの場所を訪れる人間がどんな人間なのか大体分かっているのか、写真を撮っても特段気にする様子もなく日を浴びている。雲ひとつない空も相まってこの空間だけ時間が引き伸ばされるような感覚に陥り、この老猫がどれだけの時をこの駅と共に過ごし盛衰を見てきたかに思いを馳せる。有限の時間が無限に近づいていく。

刹那、そんな私の気持ちなど知らないと言わんばかりに気ままな猫はホームを飛び降り線路の向かいの茂みへと消えていってしまった。

 

あの猫が死ぬまではこの駅が存続していて欲しいものだ。そんなことを考えながらぬれ煎餅を持ち帰路に着くのであった。

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奥四万

『それでは四万の薬師様の奥に大きな滝があるが、そこへ行ってごらんなさい』

これは四万に伝わる摩耶姫伝説という説話の一節である。

 

奥四万湖を見た帰りに偶然、摩耶の滝への道を示す看板を見つけたのが全ての始まりだった。

最初は道も広く、有名な滝ということもあり軽い気持ちで森の中に入っていったが徐々に道は狭くなり不安定になっていった。雨上がりということもあり足元はすべりやすく、途中ヒルに襲われたり崩れた足場を進んだりと進んでいくにつれ道は過酷になっていく。携帯はもちろん圏外、万が一のことがあった場合助けを呼ぶ手段は道中の警鐘のみだ。足を踏み外せば数十メートル落ちそれすら使うことが出来ない。

段々と光が刺さなくなり不気味な雰囲気が漂ってきた。人骨が落ちていても何ら不思議ではないその場所で進む気力もなくなってきた頃、かすかに水の音が聞こえてきた。

その音が摩耶の滝の音という保証は何も無い。しかしその音にすがるより他はなかった。暗い道をただひたすらに進む。

そしてその時は突然訪れた。

行き止まりの先に巨大な水しぶきがあがる。あまりの迫力に息を飲む。それを形容する言葉は見つからない。

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山奥で凄まじい音と共に流れ落ちる滝。それは正しく伝説の滝であった。

土合

平日、上越線下り方面の列車はわずか5本だ。水上を出発したE129系はゴウゴウと音を立ててトンネルを進んでゆく。

 

次は土合

 

何も見えない暗闇の中、車内の電光表示のみがその駅の存在を知らせる。

やがて列車が緩やかにスピードを落とすと白いベールに包まれたその駅は姿を現した。「日本一のモグラ駅」とも評される土合駅は下り線ホームから改札まで実に486段もの階段が存在し、その姿を下から見ると思わず圧倒されてしまいそうになる。そのホームは夏でも少し寒いほどであり白い霧に包まれていた。

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階段の横にはエスカレーターを設置するために設けられたと思われるスペースが存在するがその気配はなく絶え間なく水が流れている。

トンネルという人工物の中で水の流れる自然の音を聞く歪さに異様な雰囲気を感じながらもひとまず462段の階段を登りきる。するとツタにおおわれたガラス戸の外からまた違う水の音が聞こえてきた、湯桧曽川の清流である。虫の音も混じり自然を感じながら残り24段の階段を駆けてゆく。地上まで出ると有人駅であった頃の名残や朽ちた民家が時の流れを伝えていた。あと数十年もすればここに民家が存在していたことすら分からなくなるのだろう。

今日も列車は発車のベルもなく駅を去る。

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月崎

じりじりと日差しが照りつける盛夏。窓を開け、扇風機の回るキハ200形に揺られているとその駅は突然姿を表した。月崎駅無人のその駅は風鈴の音だけが乗客を待っている。

今回の目的地はここ月崎駅から徒歩で30分ほどいったところにある。駅前の道は歩道がないとはいえ車も少しは通っていたが、林道に入ると一気に人気は無くなりクロアゲハやハンミョウ、ガクアジサイといった様々な動植物が待っていた。切り立った崖と沢に挟まれた細い林道には落石注意の看板と破壊された柵が並んでいる。携帯をふと見るとそこには圏外の2文字が並んでいた。道を間違えたのか?ここで怪我をしても誰も助けに来てくれないのでは?という恐怖が頭をよぎる。あと15分進んで何も無かったら戻ろう、そう決めた時それは姿を現した。

月崎トンネル。中ほどの天井が無くなっている素掘りのトンネルだ。中に足を踏み入れると虫の音と足音だけがこだまする。

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中央まで進み穴から上を見上げるとそこには別世界が広がっていた。吸い込まれるような蒼と緑。美しさと少しの恐怖にしばらくの間動けなかった。

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ふと我にかえるとまた虫の音が聴こえてくる。駅へ向かって駆け出す足取りは軽くなっていた。